HOME > 九度山中学校 > 校長室から(平成28年度) > 7月8日 「70年の時を超えて、感謝!!」

7月8日 「70年の時を超えて、感謝!!」

去る7月6日(水曜日)、わが九度山中学校の第3期同窓生6名の方々が来校されました。玉置良さん(旧姓 海堀)、増井洋子さん、水野弘子さん(旧姓 海堀)、橋詰享さん、北川友昭さん、前喬さんの6名です。みなさんは、戦後、新制中学校となって初めての入学生で、このたび創立70周年を記念して立派な電波時計を贈呈していただきました
本校生徒を代表して生徒会役員の3名に校長室で時計が授与されたわけですが、約70年前の中学校のようすや、戦後混乱期の苦労されたお話などを拝聴することができ、3名の生徒たちにとって貴重な時間を過ごすことができました。長い戦争が終わり、学びに飢えていた当時の中学生の姿が私の脳裏にまざまざと浮かんできました。そして、今こうして当たり前のように学べる日常にただただ感謝すべきことを痛感しました。寄贈された時計については、校舎に設置し、末永く活用させていただきます。ありがとうございました。
現在の全校生徒数は87名ですが、第3期の卒業生は150名あまりいたとのこと。生徒数が減少するのはほんとうに寂しいことだとおっしゃっていたのが、印象に残っています。写真の後に「贈呈のおことば」を掲載しますので、当時の九度山ひいては日本をしのぶ機会としていただければと思います。そして、大先輩の母校への温かい想いに心から感謝いたします。

 2016年7月8日(金曜日) 大野

時計寄贈 時計寄贈2

 

「祝 開校70年 記念品贈呈のことば」
 九度山中学校 昭和22(1947)年4月入学生 一同

青葉 美しいこのごろです。
私達は、九度山中学校開校時に入学させていただいた学年です。平成29年4月は、母校の創立70周年 私どもの入学70年に当たります。
新制度による中学は、終戦時の混乱の中に発足しました。校地そのものがなく、校舎・諸備品は言うまでもなく全くゼロからの出発でした。とりあえず小学校の空き教室や物置部屋を借り、昭和22年5月3日 新憲法施行の日に入学しました。国民学校高等科より、三年生 二年生が移行してきましたので、私達は三期生です。
新制中学はスタートしましたが、それから校地を開拓。現在の地 お宮の奥山は町の方々のご奉仕で地ならしされ、一、二期生たちも放課後や休日に率先してツルハシやもっこで手伝いました。それから校舎の建築が始まり、私達も資材の運搬をしました。今では想像も出来ないことですが、現役場の上の松林の中に建てられ、もう使われなくなっていた隔離病舎の瓦をはずし、アリの行列で運び、本館の屋根が葺かれました。真田橋は未だ架けられておらず、丹生川の堰の下を回って往復しました。教室棟用の瓦も、九度山駅の貨物ステーションから生徒たちの手で運びました。新しい瓦は重く手も衣服も真っ黒になりました。用材の砂は家から持参の布袋に入れ、紀の川の川原から何往復もしました。新しい校舎ができることの喜びに、全校生徒はいそいそと作業しました。
校舎が完成の後は、高野口町向島の家具工場からめいめいの机と椅子を運びました。運動場は、まだお宮の境内を拡げたのみ、現在の半分ほどで、運動会は小学校の運動場を借りました。
昭和25年3月、私達男子85人、女子68人、計153人は卒業させていただきました。今 記憶をたどれば、現在の整った校舎とはほど遠い 発足当時の姿が蘇ります。しかし私達にとりましては、今は面影もない校舎で、もういらっしゃらない先生方と、かけがえのない中学時代を過ごした母校は、懐かしい限りです。
以来70年、後輩たちは先生方のご指導のもと、かずかずの輝かしい業績を積んでくださっています。私達は、九度山中学校を母校と言えることに感謝をこめ、また母校にますます栄光の時が流れますことを祈念し、まことにささやかではございますが電波時計に銘を刻し、この度のお祝いとさせていただきます。 以上

 平成28年7月6日

 九度山中学校三期生 代表

アドビリーダーのダウンロード PDFファイルをご覧になるには、Adobe AcrobatReaderが必要です。
アドビシステムズ社サイト(このリンクは別ウィンドウで開きます)より無償でダウンロードできます。

九度山町教育委員会ホームページへ
九度山町役場ホームページへ

最終更新日:201678

Copyright © Kudoyama town All rights reserved.